とろんば

zzの彼氏はピアノ弾きです。

が、一番最初に買った楽器はトランペットだったとかで、今でもリビングに古びたトランペットが飾ってあります。

習い始めてすぐに唇が割れ、それを乗り越えることができずに他の楽器に乗り換えたそうです。


こないだふとした拍子に、このトランペットを皆で吹いてみることになりました。

誰もが力一杯吹きさえすれば、後はついてるボタンを押して音色を変えることができるものだと思っていたのですが

違うんですよ!!!

ついてるボタンを押してもドレミを奏でてはくれないのです。

音色は自分で出すのです。

全くもって、びっくりの発見でした。

穴ごとに音色が変わるハーモニカや、穴を塞ぐことで音が変わるリコーダーとは違い、自分の声というか肺というか、脳みそというか、つまりは自分の意思だけで直接音色を変えるのがトランペット。

歌うことと同じといえば分かりやすいのでしょうが、また少し違うのです。

それはまるで、歩くこともままならない赤ちゃんに逆戻りしたような経験でした。

ちょうどトランペットのマウスピースが、自分の口の延長になった感じです。

でも、頭の中ではわかっているドレミの音が、思うように出せないのです。

赤ちゃんが「あー」とか「うー」とか言っているのはあれ、下手くそながらも大人の声の真似をしてるんだと言う事がよくわかります。

周りの大人の声を真似ているのですが、口とか喉とかの筋肉を上手く使えなくて、同じ音が出ないのです。

トランペットもそれと同じ

コツが掴めてきて、やっとドの音が出せたと思ったら、集中力と肺の中の空気が底をついた瞬間、突拍子もない鳴き声のような音に変わってしまいます。

これと同じようなことは、利き手じゃない方の手で文字を書いたりナイフを使ったり、始めてダンスを習ったりする時に感じることがあるのですが

自分が無力だと感じる度合いは比較になりません。

でも、うんと小さい頃にものを掴んで引き寄せたり、歩き始めたり、しゃべり始めたりしたのも、これと同じ状態からだったのだと言う事を思い出しました。

ある程度体が使えるようになると、レベルアップして走ったり、自転車に乗ったり、ボールを蹴ったり出来る様になるのです。



去年からずっと、レシピ本を作ったり、新しい分野での仕事を検討したりしている中

大人になってから何かを学ぶことの難しさと、本当にモノになるのかという自分への不信感に直面する機会が多々あったのですが

とても良いブレイクアウトのきっかけになりました。

やりたい、モノにしたい、という気持ちがある限り、今現在とても上手にこなせている事と同じレベルまで達する事は可能なのです。

ただ、最初の数歩の重さに慣れていないだけなのです。

と言う訳で、当たり前ですが大事なのはモチベーションがどの位大きいかなのですよね。

あと、どの位それが自分の中ではっきりしているか。

上手く行かないかもしれない、という思いはつまり、ひょっとしたらそこまでやりたい事じゃないのかもしれない。という思いの裏返しだったのです。

言い訳を考えてしまうのは、選択した本当の理由が自分でハッキリと見えてないからだったのです。

例えば本を作ろうと決めた時、色んな障害が出てきました。

でもこれに関しては「本を出版する」という明らかな目的が見えていたので、いろんな方法でクリアすることができたのです。

出してくれる出版社が小さいから大きな本屋さんに置いてもらえないかも。
→自分でebookを出版すれば、世界中に販売できる。

自分で本を作るのはいいけど、どうやっていいかわからない
→自分が素敵だと思う本を真似することから始める

イタリア語に翻訳するバジェットがない
→周囲のイタリア人を巻き込んで助けてもらう

などなど

一番最初の出版社から出すのを諦めるというのは「どんな方法でもいいから納得のいく本を出す」という部分が自分の中で明らかになっていなければ、踏み出せなかった一歩です。

そして、踏み出していなければebookという形で出すのは無理だったし、本のレイアウトも全く違ったものになっていたはず。

と言う訳で、うん。

これから先はこれがやりたいけど出来ない、という状況を減らすことができそうです。

トランペットにはお礼として、今度綺麗に磨いてあげようと思います。













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by outlawroma | 2015-02-12 21:14 | 生活 | Comments(0)

楽しければ、それでよし。


by outlawroma
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